スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | page top↑
クロユリ団地 (2013)
2013 / 05 / 26 ( Sun )
中田秀夫って、やっぱこういう仕事ばっかになるよなーとか、そんな失礼なことをかんがえながら、加えて、『七つまでは神のうち』でジトーっとした最高にイヤなきぶんにさせてくれた三宅隆太が脚本だというので、きになってしまって観にいった。まあ、かなりよかったというか、期待値どおりというか、喰いたいもの出してくれた定食屋のランチタイムのような味わいあるひと時。前田のあっちゃんが、とにかく自責の念に駆られまくる。コトの、原因の本質が、ヨソんちでなく、じぶんトコにあるっていうジットリとした展開。それなりの理由を、それなりの時間をかけて(朝の会話のリピートの違和感とか、あれ脳内でラグってるかんじだよな)、中田一流の詐術(ほめ言葉)でもって構築しきる。己が自責の、深奥部分がぐらぐらとゆらぐ。ゆびきり、約束、その反古。生気がなくなり、自棄気味で、第三者的にも絶対的センターっていつの時代の話し・・・?ってくらい無二な、あたかも、古びた段ボール箱のような(ダブルミーニング)マエアツの女優ぶりを一緒に過呼吸しながら噛み締めていると、止まっていた時計の針が進み、囚われの姫君を助けださんとする成宮寛貴の登場。鑑賞後、「映画秘宝」バックナンバーだか読んで納得しましたが、これ押井の『攻殻』のゴミ収集員エピに(あ、劇伴は中田仕事も多い川井憲次ですやん)、『ぼくエリ』をミックスしたみたいな具合だなーと。うっさいオンナ黙らすには平手打ちっていう小気味よさと、直後のフリッカー。近頃観ない立派な映画だとおもう。ただし、悪魔祓い手塚理美では役不足だったのでは。あ、あっちゃんの携帯、ソフバンでなくてドコモだったよなー。

クロユリ団地(2013)

(5月26日、ソラリス3)
スポンサーサイト
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
コズモポリス (2012)
2013 / 05 / 25 ( Sat )
きっと『アメリカン・サイコ』みたいな、途方もないイケメン金持ちが、現実感失ったままやりきれない無常を常軌逸した言動で晴らしていく爽快な映画だろうと。んまあ、半分くらいは当っていたものの、劇中にあるとおり先行事例のマンマにはクロネンはさすがに陥らない。投資会社の社長で、すべてを移動するリムジンのなかで済ませてしまうロバート・パティンソン。オフィスや自宅ではなく、徹子の部屋か、安倍夜郎『深夜食堂』ばりに人々がオーナー自慢のLIMOに出入りする。出入りと云うよりスルー・・・右のドアから左のドアへ、通過か。ヤラせてくんないフィアンセやセフレ(ビノシュ!BBAだがこいつはイケる!)、医師や社員が、瞬間瞬間を通過していく。LIMOが街並を通過するように。そこで人民元の急落という読みをはずし、部門担当者とのミーティングがあり、物憂げに世間話やセックスに興じたり、健康診断したり。ときに小便も。大統領の市街地移動や水道管破裂、格差に怒れる市民の破壊行動といった大状況、セックスレスや元の急落や犯行予告といった中規模状況、縦軸でも横軸でもないそれらは後景で、別段、警備主任のスケとやったりロスコの画を欲しがったり警備主任をたまゆらに撃ったりとか、そんなんはなんかどうでもイイ話しなのであった(ただし、オキニのラッパーが自然死と聞いてあきらかにガッカリしているシーンには心底感銘)。問題は、重要なのは、きょう必ず床屋に行かねばならないという事(井上陽水みたいっすね~)。ストーリーといえるものはただそれだけで、これを空虚と云い切ってはつまらないのではないか。というか、『アメリカン・サイコ』やオリバー・ストーンの諸作、『ファイト・クラブ』の頃から更に情況は悪化していることを示している(性的な欲求のみで都市の空虚さや孤独、人生の苛烈さを抽出した『シェイム』、サブプライム問題を地方マフィアのシノギに置換した『ジャッキー・コーガン』のセンともちがう)。先に触れたとおり、主人公は時折云いたいことをポツリポツリつぶやくだけ、そして登場人物たちは、云いたいことを自動人形のように述べるだけ。ジアマッティとの遣り取りだって、ぐずぐずすぎてディスカッションにもならない。それはまるで辻説法のようだし、車窓からの風景は絵画のよう。全体が、まるでパワポで説明されているかような(スライドショー的とも云うべき)一方通行感、ゆえ、おそろしいというか、肯定も否定もないすっからかんすぎて諦念すらも放り投げてる魂に打ち震える。

コズモポリス(2012)

(5月25日、フォーラム2)
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ザ・マスター (2012)
2013 / 05 / 12 ( Sun )
事前情報で、死んだジェレミー・ブレイクがハマったカルト教団の内実に迫ったスリラー、みたいな話しを聞き及んでいたんですけど。だから内幕暴露系のドキュメンタリータッチなのか~とか。さらに予告を見ると主人公ホアキン・フェニックスが、まるでダニエル・デイ=ルイスみたいなので(これは多くが指摘するところだろう)、こりゃフィリップ・シーモア・ホフマンと共に、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』再びというか、異常心理バディモノなんだろうな~と大期待して観にいった。結果としてはバディ物ではあったが、ジェレミー・ブレイク云々は一分も垣間見れず、またカルトなのかなんなのか、あの集団、わからないし(P・T・アンダーソンお得意の集団劇ですらないきが)、結果として孤独な魂を抱えた両極なふたりが、共にアルコールや性衝動に駆られつつ、奇妙な距離保ちながら友情などとは程遠い深い魂の親交をはかる、ただそれだけの話し。そこにスパイスとして、オナニーとホアキンお手製の謎すぎるカクテルがまぶされる。なんだか、ふたりとも説教されたがっている、誰かおれに罰を与えてくれよ、的な。果たして、そういう話しをおれは観たかったんだろうか・・・先の事前情報のような瞬間は終ぞ訪れず、カクテルでなくコーヒー飲んでたはずなのに、いつしかまぶたが重く閉じられるのであった・・・。

ザ・マスター(2012)

(5月12日、フォーラム1)
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アイアンマン3 (2013) ※2D字幕
2013 / 05 / 11 ( Sat )
のっけ、例の『アベンジャーズ』に触れられてしまい、あんなん特別編的スピンアウトというかマーベル世界のお祭りというか、あんなドンチャン騒ぎをスターク社長のプチトラウマとして債権化されてはたまらんなーというのが第一印象。というか、快調な出だしの1作目と比して、大分低調になったシリーズ2作目の影がよぎる・・・閉じきってしまうのではと・・・。そんな懸念は、スターク邸の大破壊(つか、SHEELDはなんもせんのか)を契機に、何事もなかったかのように軽快に、醍醐味湛えてグイグイ進む!・・・というのも、まずは調子こいた社長芸の封印(これは『アベンジャーズ』の与えた好影響)。ゆるけたスターク社長もきらいじゃないし、むしろ作劇上のユーモアとしては極上だったわけだが、舵の切り方が適度なシリアスさを保ってて(第2作目はここがダメだった)、わるくない。さらに、スーツ芸も封印。というかスーツを脱いでもアイアンマンである・・・!ってのが真のテーマ。成熟への過程をきっちりと描く(ここまで描いたら次回ネタないのでは)。マイアミでのシーンは、発明品に頼らないDIYなヒーローって状況下で、『キック・アス』『スーパー!』に近似した熱があったし、監禁されてる社長んトコにパーツがびゅんびゅん飛んできて・・・ってクダリは、『アイアン・ジャイアント』を想起。クライマックス、アイアンマンシリーズの完成~量産品としての低廉化&資源の無駄遣い(そしてスーツの飽くなき演出上の万能化)はともかく、役者陣も、ダウニーJr.やバルトロワ、ドンチーの決してルーティンでない芝居に加え、ガイ・ピアーズ!やレベッカ・ホール、謎な容姿を完全に活かしきったコメディ仕事のベン・キンズスレー(このバランス感覚)、それと最大限の敬意が添えられるジョン・ファブローも最高!只管うざいだけのサミュエル・Lとか出てこないだけでも評価!監督のシェーン・ブラック、次も頼む!

アイアンマン3(2013)

(5月11日、ソラリス4)
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ジャッキー・コーガン (2012)
2013 / 05 / 03 ( Fri )
予告だと、ブラピが血も涙もないヒットマンで、淡々と割りきりホ別苺感覚っつーの?ドライに悪が悪を殺めてく、そういう映画だとおもったの。ペチャペチャしゃべったり表情コロコロ変えたりせず、淡々と死体の山を築いてく・・・みたいな。局所的には予告と実物は間違っていないものの、タイトルのカットアップ感や執拗に挿入され、かつ上滑りでまるで伝わらないフッテージとか(サブプライム問題に端を発する08年の金融危機を置換とか云いますけど)、なんなのって。なにより、一向にブラピが出てこず(ぜんぜん孤高じゃない。つか部下もマトモに使えない窓際管理職みたいな倦怠を纏うのであった・・・)、安そうなチンピラ同士で延々ダベってる・・・妙な緊迫伴なって。奇妙な緊張感と低温なムード。そしてチンピラ二人がキマってるトコ(とくに愛犬家)の実に力のこもった描写(ぐんにゃりとしたリピート感とか)や、外注で仕事請け負わせようとしたものの、使い物にならないクズぶりをねちっこく延々描写するなどなど、どこか異様。画面内に映る(想像できるかぎり全ての)アンビエンスっつーかエミッションをぶっこんだ音響にしろ、なんか異様。先の金融危機を云々コミコミでも不穏。ムード先行系というか。おそらくレフン『ドライヴ』の、如実に影響下にあるようなきがするのだが(監督は『ジェシー・ジェームズの暗殺』のアンドリュー・ドミニクで、短く刈り込んだフォルムはまあ買える)、すげえダメだなーとおもったのはレイ・リオッタのリンチシーンでプライベートライアン化してる点だなー。反面、交差点強襲のスローモーションの批判は的外れ。たしかに多重衝突まで含めて15秒くらいのアクションだろうけど、あれは変種のバレエですよ。じつに古臭いとおもうけど。

ジャッキー・コーガン(2012)

(5月3日、フォーラム2)
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。