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アフター・アース (2013)
2013 / 06 / 30 ( Sun )
んまあ、奇怪なSF映画だなと。これシャマランだから納得だけど、そうでないとただ奇妙なだけの映画になってしまう。と、云う意味では、宣伝に正直に監督の名前を出さないほうが、騙されて入ってくる客も多いのかも。残念ながら、はっきりと騙しで集客すべき映画だが、例によってきらえない。むしろ逆に、相当偏愛しそうな人が出てきそうな、まったき、シャマラン映画ではある。・・・1000年後だかなんだかさっぱりしらないが、とにかく冒頭の父子がはなればなれになるまでのクダリというか、ガジェットや1000年後世界観やらSF的意匠含め、さっぱりワクワクしない。まず、それにびっくりした。なんつうか、あの戦艦?エスニック居酒屋の内装みたいじゃないすか(いまもやってるのか不明だが、むかしTVKの夜中、横浜のTIKI TIKIとかいう居酒屋だかダイニングバーだかの、異様に耳に残るCMを想起。あ、ジェームズ・ニュートン・ハワードの劇伴も均しく異様に響く)。個人的には、ウィル・スミスがマウスパッド的物体クルクルし始めたときに、あまりのワクワクのなさ加減に付き合うしかないのだな・・・とあきらめがついた。感覚的になんだか松本人志の映画みたいじゃん。以降、ロケ用いた1000年後の母なる大地が舞台となり、地球での息子の冒険譚に軸が移るが、かつて人類のふる里・・・などといった郷愁は一切描かれず(んまあ、大鷲?みたいなのに助けられたあたりマザーアース感ややあったが)、とにかく一向に盛り上がらない。盛り上げるボタンはなんとなく押されるのだが、出てくる答えはリピートされる過去、受け入れなければならない運命、恐怖をいかに克服するか(と教条的)。何度でもしんで、何度でも再生する。同時にリピートされる過去も相貌を変える。再生できるのは身代わりとして実姉が目の前でしんでいるから。やっぱりというか、こんなキャストで予算でもこんな、こんな神話的ないつものドンデンな自己満設定のお話しになるのか。とかネガティヴに捉えるのをやめ(つかれるから)、いっそ『レディ・イン・ザ・ウォーター』的怒涛な興奮が、キッズムービーの殻を背負ってやたらハードル下がって眼前に・・・とおもえば自然に目頭が熱くなる。さらには、シャマラン映画でしか味わえない云い様のない感動的なあのラスト、ありゃなんなんだ!この安っぽいような、だけど確実に紡がれてしまった答えとしての、シャマラン一流の衝撃波(でも、探せばこんな映画の類例あるような気もしなくもない)。なにが云いたいのかといえば、こんな実にシャマランテイストの情動のために、こんな気分に浸らせたいためだけに、なんと面倒くさい筋立てで話をこさえるのか。さらに云えば、原作ウィル・スミスじゃね?息子をフックアップすんのに、こんなのでいいのか。・・・いいのだとおもう。おれは『エアベンダー』よりは納得したし、感動も興奮もした。

アフター・アース(2013)

(6月30日、ムービーオン シアター5)
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オブリビオン (2013)
2013 / 06 / 23 ( Sun )
序盤は相当に退屈な、設定なぞって勝手にやってろ的SFで、んまあ、人の住めなくなった地球っていうかつては魅力的としか云い様のないヴィジョンが、いまや・・・たとえば汚泥にすこし地表や建物らしき躯体の一部が露出し、その上に船舶が乗っかっているなどという「らしい」ヴィジョンが、空々しくこっちの内実や迫真に迫らない。震災を経てのヴィジョンだからというのは簡単でしょうが、放射能がどうこうとか、なんつかイージーとしか。ただし、そんなくだらない世界設定で、そもそも空虚なトムクルが次第にがんばり始めると、おれも応援したいっつーか、次第に身を乗り出してしまうのであった。以下、ネタバレ有。んまあ、要するに、人の住めない地球になったって云う事情はさておき、モーガン・フリーマンにイカレ軍属をやらせれば、傑作になるって方程式はまだまだ成り立つのかも(例:『ドリームキャッチャー』)。

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死霊のはらわた (2013)
2013 / 06 / 19 ( Wed )
小学生の頃、金持ちだった友だちのおウチで、そいつの兄貴が持ってたブートVHSをおっかなびっくり観て、んでいまのおれがいるとすれば、あのVHSテープにあった荒んだ、禍々しさは正直本作にはない。だし、アイツんチで観た時、大音量で再生したわけでもないし、派手な効果音でおどろいたわけでもなかったとおもう。オリジネーターのお墨付き得て、大雑把にシチュと小道具借りて、モダンマナーで置換しただけ。となると、オリジナルで半ば宗教体験にも似た恍惚を得た古参には不足は否めまい。オリジナルの朴訥とした、それでも地を這うような強引なステディカムの、さらに上を行く流麗でご立派な映像やら、あとまあコマ換えてフリッカー気味に忙しなく、バタバタとゴアシーンを流すなど基本的に小賢しい。触手とかがんばってるし、西村映造みたいなわんぱくな腕カット&血しぶきもある。でも、わりとどうでもいいJホラーみたいな悲哀のクソ話しを混ぜんなよ、と。妹のヤク中治すのにどんだけ安い血を流すのよ、てなことです。クライマックス、ライミの続編ノリ以上に、ライミ『スペル』&ダニー・ボイル『127時間』みたいな珍妙な高揚が訪れる。自己犠牲精神は、一瞬さすがに唸らざるを得ないものの、心は揺さぶられることなく最後まで疑問がのこる。個人的には長年実家で飼っていた二十歳を超える老愛犬が最近死んだので、グランパっているワンちゃんが無残にも殺されているシーンが大層ショックだった。

死霊のはらわた

(6月19日、ソラリス2)
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はじまりのみち (2013)
2013 / 06 / 02 ( Sun )
封切から二日目に観に行ったって云うのは、たんなる時間調整だけにとどまらず、なんといいますか・・・要するに、原恵一の実写第一作を、きちんと封切で観たんだぜ?っていう、己が自尊心?詰まらない刻印つうかエクスペリエンスを得たかっただけなのかもしれない。観れば、立派な日本映画であり、ツタヤやゲオの邦画ハ行の棚に置かれてしかるべきな、やはり「映画芸術」あたりに取材されていても何ら問題ない作品にはなっている。木下恵介がどんな功績を残したか、また原監督にどんな影響を施し本作を撮るに至る動機を与えたのかは知らない。わかるのは、なんというか、この国の偉大な(過去の)映画監督の知られざる逸話、そこには新人職業監督であること、戦時下の統制にあわず半ばパージ状態で撮らせてもらえず、実家に戻ってるということ、愛する母親の容態を気遣うあまりリアカーで疎開させようとするということ。そのリアカー行脚の様が、本作のほとんどを占める。これが・・・一向に退屈にならないからくやしい。想像以上に緊張を走らせ、興味をそそらせ、タルくならない。アニメ出の演出家にしては立派、などという退屈で障りのない評価を得られるのでは。そこいらの声高に反戦を謳う十把一からげないわゆる邦画よりもよほど立派で堂々としている。そのほとんどを、退屈や鬱屈や作品成立の真偽をかわすのを誰が担っているかといえば濱田岳!最高(こいつと浅利陽介と波岡一喜とさえいれば邦画は安泰だ)!んま、云いかえれば、もし濱田がいなかったら、ユースケがあんな役回りのままでも、それでも本作は成立したのだろうか。そしてそして・・・しんちゃん仕事(劇場版で気のないコンテ切るとかは抜きにして)以後、原作ものであってもオリジナルであっても、萌たらん保守本流から大幅に遠ざかったアニメーション映画業界で、尋常でないくらいのモラリストぶりを発揮している原の、この仕事のセレクトと成果は、アリなんだろうか。結論は原の次回作・・・それはおそらくアニメで、よほどのことがないかぎり実写はないとおもう。そこで判断せざるを得ないのではないか。本作での尋常でないフッテージ引用や教科書のようなナレーション、レイアウトがどうとか意見は一切ない。ただ、全編正直云って退屈だった。だからこそ留保したいのだ。

はじまりのみち(2013)

(6月2日、フォーラム5)
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クラウド アトラス (2012)
2013 / 06 / 02 ( Sun )
とにもかくにも、この兄弟というか姉弟っつのは、どこまでいってもおなじといいますか、革命を希求してる。システムへの抵抗、人民の解放と蜂起を欲している(これが押井守だったら、果されなかった革命の朽ちかけた残り火を延々と。そっちのほうが鑑賞に堪えうるわけで)。はっきりいって映画ですらなく、プロパガンダにしては回りくどく、ひょっとしたら派手なアイキャンディに引っかかって、いっそ若いヤツら(思春期とかの)の目に留まれば、きっといつか革命の芽が、反抗の礎が出来上がるのではなかろうか、程度の薄い期待を保っているだけの内容。ようするに絵解き。だから、こういう熱すぎて薄っぺらで馬鹿げた内容だからこそきらえない。わかりにくさや回りくどさは、そら『マトリックス』だって『Vフォー・ヴェンデッタ』だってそうだったわけで(そして例によってシステムの僕としてヒューゴ・ウィーヴィングが何度でも本作であっても登場)。あ、トム・ティクヴァのフィルモグラフィもそうでしょ?やや地に足着いてるというか、現状打破的なわかりやすさがあるが。

ただまあ、それはそれとして、一個一個の時代設定と人物そして出来事はそれなり深みなのだが、同時進行していくためとにかく観てて疲れる。というか、真剣に観るにはつらすぎる。歳をとりすぎているのか、それとも精神が消耗しきって、余裕を持って受け止められないのか。73年の(やや)ポリティカルアクションになりかけのトコと、12年の編集長大脱走(&書評家ブン投げるトコ)のエピソードはたのしかった。あ、ペ・ドゥナは別腹です!オカッパ神!ほとんど綾波レイ&草薙素子だったなー。あとネオソウルの役者のメイク、ありゃ物議醸してないのでしょうか?

クラウド アトラス(2012)

(6月2日、フォーラム1)
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リアル~完全なる首長竜の日~ (2013)
2013 / 06 / 02 ( Sun )
基本的に集大成的な作品になっている。いや拡大再生産とかではなく、これまでのフィルモグラフィーを浚ったかのような内容や意匠が、アップデートされているだけでなく尋常でない迫力をもって眼前に現している(としか云いようがない)。さらにさらに、客が入っていないのが不安を誘う・・・allcinemaによるとジャンルはドラマ/ロマンス/SFだという・・・。これをJホラーとして売らない理由がすでにわからない。また、黒沢清の作品史上、もっとも「マンガ」という単語が頻発されるあたり、堪らないものがある。

リアル~完全なる首長竜の日~

(以下むごいネタバレあり)
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