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REDリターンズ (2013)
2013 / 12 / 22 ( Sun )
原題は"RED2"。・・・だと、どうしてもおっさんなのでデイヴ・クラークのほうを連想してしまうが、高齢者入り口の連中、リタイア組が本気出す小気味よいアクションだった(むしろリタイアしてること自体がギャグという)前作と異なり、本作はのっけのフューネラルはべつとしてセミリタイアどころか現役感バリバリで始動する。全体のムードは、前作よりややシリアスに傾斜(監督は『ギャラ・クエ』のディーン・パリソット。これだと前作の『フライトプラン』のひとよりマジメな印象)。基本的に、聖杯クエスト系というか、はじめてのおつかい系の構成。ブルース・ウィリスとマルコヴィッチとメアリー=ルイーズ・パーカーの三人組が、パリ行ってゼタ=ジョーンズと再会したり、ロンドン行ってアンソニー・ホプキンスと再会したり、イ・ビョンホンに追いかけられたり、忘れ物取りにロシア行ったり、アレフガルド・・・でなくて世界をまたに駆けてく。ホプキンス登場までは、この市中引き回しのさまにうんざりしていた。この手の、段取りよくスイッチを押していくだけの映画に耐えられなくなったのは、いつからだったろう?こんなおじさんおばさんたちが、必死こいてがんばってるのに、うちら現役世代が眠気おぼえるなんて失礼すぎる!でも・・・といった具合だった。サー・ホプキンスですら、けっきょくどの映画もおなじような仕事をこなしている。そこにヤング組ビョンホンが空回りとでも云うべき見事な技斗を見せつけ、ある種安定感に包まれたとき、作品は単なるひまつぶしを超えた存在になる。さらにヘレン・ミレンがビョンホンの運転で撃ちまくるわけです。んまあ、納得せざるを得ない。メアリー=ルイーズ・パーカーの、BBAがんばってんな~感というか、慌てふためきながらのキッサーぶり、情にほだされて自らハニトラ化するさまがたまらない。だって、ひとのことビャッチなんて云えてない状態な訳で。これはこれで興奮する。

REDリターンズ(2013)

(フォーラム2にて)
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ラヴ・ストリームス (1983)
2013 / 12 / 22 ( Sun )
フォーラム山形の、金曜しねまてーく!で拝見。大久保清朗さんによる前説で、(以下大意)だいたいにして映画を観るなんていうのは困難が伴うもので、そんな長く観客を引き寄せつづけるなんて至難の業なのである・・・なので、ある種の「挑戦」を映画は今日まで継続してきた。それはドラマだとか。形式だとか、鑑賞の困難さを作り手たちは手を変え品を変え、「挑戦」でもって乗り越えている・・・本作もその挑戦をしている、といったお話しでした。

そこで本作との対比で、キュアロン『ゼロ・グラビティ』引くあたりややウケた。いやおれ『ゼロ・グラ』まだ観てませんけど。演算でもって織りなされるCGIスペクタクルも、本作のような一見退屈で不案内な描写やら展開やら、おっさんやおばさんが感情むき出しにする商業映画の定型とはいえないゴツゴツした人間ドラマもおなじ「挑戦」。チャンネーの裸や爆発や人体損壊描写も、心情溢れ積み重ねらゆく美しき断片も、幾人もの有能なアニメーター何年も拘束して水彩日本画の動画化なんつう前人未到すぎる映像表現も、どれもこれも「挑戦」。んま、理解はできます。どれが偉いとか偉くないとか特権化されちゃ困るんだけど。

さてまあ、本作。カサヴェテスとジーナ・ローランズの不器用すぎるそれぞれの抱えている愛、求めていたり、喪ってしまったり、濁流に呑みこまれてしまいがちな愛がゴロゴロと転がっている。まー、素晴らしい。震える。いっこいっこのシーンのつかまれ具合。文字どおりそんな断片化したシーンが、美しい瞬間や目を背けたくなる嫌な瞬間や息呑む瞬間が、止め処なく流れる。愛が流れる、、、時が流れる、、、そんな第27話的な、飯島真理的な、映画(賞賛してますこれでも)。この設定でないと成しえない無上の愛。あとま、ジーナ・ローランズが赤い服着てガキ脇につれてると強そうに見えて仕方がない。やはり、おれのなかでカサヴェテスと云えばやはり『グロリア』なんすね(出演作なら『フューリー』)。

ラヴ・ストリームス(1983)

(12月20日、フォーラム3、金曜しねまてーく!vol.9)
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