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自由が丘で (2014)
2015 / 03 / 29 ( Sun )
ホン・サンスを観るのははじめて。なので正直面喰らって観たっつーか。加瀬亮が、どうもひとを追って韓国に来ているらしい。ゲストハウスに泊まって、滞在しながら、ひと探しというよりひと待ち、そのなかで"JIUGAOKA8丁目"なるカフェの女店主(ムン・ソリ)やゲストハウスの居候の男(キム・ウィソン)やら、そういう周囲のひと等との出会いふれあいのなか、吉田健一『時間(講談社文芸文庫版)』を片手に煙草を終始ふかし、ワインで顔を赤くする(本当に呑んでいるようにしか見えない感)。あくまで加瀬演じるモリは、日本人でその場の人間ではない時間制限つきの異邦人でありつづけ、英語で(モノローグも)語りつづける。「犬は見つけられるのに」。「彼女に会いたいんだよ」。「なぜかいくらでも眠れるので」・・・。大枠ではひと探し、どんなひとかわからないけれど、とてもすてきな彼女に再会したい再会したい・・・っていう加瀬の姿と、瞬間瞬間で当の彼女の姿が合わせ鏡のように均衡している・・・いやしていないんだけど、要はひと探しの話しの筈。だがしかし!片手に持つ書物表題同様、見事に時制をバラバラにして、ほとんど抑揚のついていないシーンをタイムライン上でズタズタにして、流麗といってもいいような繋ぎ合わせを仕掛けている(むろん時間経過してるので、前後では何らかがあったことを仄めかす)。北野武にちかい資質の編集芸だとおもうんだが、こういう地味なお話しでタイムラインいじくりまわした映画ってあったっけかなあ・・・出会えないひと尋ねびと、なんて話しはなんつか『シルビアのいる街で』を連想したりして(なぜかタイトルも似ているふう)。とはいえ、突如ゲストハウサー同士が大声で罵りあったり、カフェの女をうまいことハメちゃったり(部屋にはギヨン『下女』のDVDが。こういうのが彼の地のサブカル女子の部屋なのか)、んまあ、一筋縄でいかないかんじ。デジタルカメラの奔放なズームを多用してて、とってもおもしろかった(我ながらヘンな感想。こういう単館系観るのひさびさだからかなあ)。

自由が丘で(2014)

(28日、ムービーオンやまがたシアター9)
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映画 暗殺教室 (2015)
2015 / 03 / 29 ( Sun )
本作の監督羽住英一郎っておれ『おっぱいバレー』くらいしか観てないし、原作もアニメも見てないけど、その設定の持つ斬新を超えた異様さ加減、さらに作者松井優征がデザイナー佐藤オオキと対談してる番組(Eテレ「SWITCHインタビュー達人達」)見て、なんだかずーっときになってたんで、んま、利府で時間つぶしの必要が出てしまい拝見した。バトロワ以降の倫理観の喪われた学園ドラマとおもいきや(いやそのとおりなんだけど)、まずはひたすらに殺せんせーの教育者としての矜持、プロ意識に感銘を覚え、慄いた。フィクションなんで暗殺する側される側という下地があるものの、『ROOKIES』の変種亜種を想わせる情熱ぶりなど(観てないけど)、)、あっちゅうまに金八クラスのわゆる学園物の型破り教師を一気に更新し、さらには尾木ママやピケティ、夜回り先生といった実在の教育者をも凌駕した存在として殺せんせーの姿が立ちのぼる・・・。速攻でビリギャル的エッセンスもぶっこまれ、あたかも3-E白熱教室の様相を呈す。とはいえ、タイトルに暗殺なんつ、物騒なワードが織りこまれている都合上、殺せんせーの人たらし、生徒たらしぶりもまた見事だ。画的にもひじょうに満足で、管制室含めた冒頭のハイロー~急襲シーンもわるくないし、テンポ感あるスプリットスクリーンも小気味よい。VFXスーパーバイザーはNICE+DAYのオダイッセイ(小田一生)。・・・もう映画撮らんのでしょうか?菅田将暉もよかったが、殺せんせーのヴォイスキャストにはおどろきました。んも、誰か実力派のプロパー声優がやってんだろうなーと、本当におもってた。むろんビッチ先生役の知英も、なんか安っぽくてセクシーでよかったなあ。現場で高嶋政伸となんかお話しなんかしたのかしら(べつに他意はありません)。

映画 暗殺教室(2015)

(MOVIX利府シアター5)
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アメリカン・スナイパー (2014)
2015 / 03 / 20 ( Fri )
予告で使用されているスナイプシーンが、二度出る。これって主人公(ブラッドリー・クーパー)の転機としてなんだろうな・・・と。正直あまり、よい映画にはかんじられないのは、おれの感度が低すぎるためなのでしょうか。あまりにもトム・スターンによるキャメラにしろ作劇ぐあいにしろ、低温すぎるというか、イーストウッドはここ数年そうなんだろうけど、地味に丹念に人間を追っているようで、追えてないというか、負う努力を放棄しているかにおもえる(『ジャージー・ボーイズ』みたいな内容だと熱っぽくしないことで功奏するんだろうけど)。そして出来事もねえ・・・各シーン上手すぎるくらい上手いんだけど(ならいいじゃん・・・ってきも)、上っ面は見事なんだけど、念みたいなのがあんまりこもっていないような。そんな無駄なエネルギー過剰さなんてイーストウッドは注ぎたくないのかもしれないけれど。オチに言及するのはどうかとおもうが、これ2014年に完成させているわけだ。作品完成の直前ともいえる2013年主人公の死をもって見事にオチが点けられている・・・。むしろ、主人公はああやって亡くならなければ落ちない完成されたつくりで、突貫でつくったのか製作準備中にあの不幸が起こったのか、よくわからない。それと、あまりに愛国主義的な作り、そして他国への世界警察的派兵従軍で精神が病む米兵っていう、ずっと現在進行形だからというにはあまりに定型な軍人像も、なんだかなあ・・・とやや閉口(異常な情況で異常なマネを、さも真っ当なこととしてやらされて、まともな精神に恢復するのに、時間がかかるのはわかりますが)。更に云えば、スナイパーVSスナイパーな展開が盛り上がるようで盛り上がらない、醒めているというよりはずーっと冷えているかんじ。スピルバーグ以降のモダンな着弾だが、フェティッシュさは皆無。あのー、砂嵐がもわもわと湧き出して一瞬で砂塵の中になるあたりはよかったなあ。

アメリカン・スナイパー(2014)

(15日、イオンシネマ天童シアター1)
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花とアリス殺人事件 (2015)
2015 / 03 / 08 ( Sun )
こんな問題作、なかなかありゃしない。そういう意味では岩井俊二らしいというか、岩井俊二ってトコトン実作で実験するひと、なのだと再認識させられる。とにかくいま現在の花とアリス(を演じた鈴木杏と蒼井優)を描いてしまっては元も子もない。おそらく、大人になってしまった二人を描くなどという真似は本旨ではなかったのだろう。では、どうするか。二人の出会いまでさかのぼってしまえばいい。しかし現在の鈴木杏と蒼井優では無理だろ?だったら、声だけ頂戴すれば、少女期の、アドレッセンス感は保てるし、ロトスコープなんつ手法をもってすれば実験性とともになんらかの作家としての痕跡ものこせるんじゃね?むしろおれもアニメしたかったし・・・庵野に演出されたり、北村龍平に演出させたりしたけど、おれの根っ子は市川崑だけじゃなくトキワ荘グループ周辺だったりからも大いに影響されてるし・・・などとおもったかはしらないが、おもわずリンクレイターの諸作を見返さねばならないようなきがした(ロトスコ作品のみならず、本作って、イーサン&デルピーのシリーズや『6歳のボク』などとの比較対象にもなりうるのでは)。切り替えしの多用や90度倒れたキャメラポジ、所作のムダぶり(コマの省略はしているものの、基本ぜんぶ線で拾っている)など、とにかく違和感はつよくかんじる。顔の画も一定しないし、過剰すぎる情報量の人間のモーションなぞるより、ムダの少ない3DCGモデルのロトスコのほうがアニメに見合うのでは、などと。そもそも、題材と手法が合っているのかどうか(たとえば、動きを落して描線を細くしてフォルム重視のモーションにすれば、一時期のIGっぽい、沖浦っぽくなるよな~っておもって観てたら、案の定)。手間ひまが異常にかかっているのが見て取れるし、わざわざこういう手法でアニメにする内容なのか・・・などともおもってしまう。岩井作品にある、勘ちがいが連携したまま妙な引っかかりを宿す台詞は、珍妙な所作と共に全編にわたって述べ続けられる。平泉成と(脳内変換してJCの)蒼井優とのダルなやりとりは、きっと実写だったら見ごたえあったろう。だが、こういうヌルヌルでもない、適度にリミテッドな状態のアニメだと、どう受けとめればよいのだろう?そうして本作は問題提起をし続ける。十年経っても、キットカットももちろん登場。作画協力で磯光雄の名が。製作はロックウェルアイズと、石井朋彦のSTEVE N' STEVEN (スティーブンスティーブン)。

花とアリス殺人事件(2015)

(7日、T・ジョイ博多シアター11)
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シェフ 三ツ星フードトラック始めました (2014)
2015 / 03 / 08 ( Sun )
これがジョン・ファヴローの本音(それを見事に昇華)なのかなーと。どーかんがえても『カウボーイ&エイリアン』の製作過程でクソな横槍いれてきた連中や、出来たら出来たで揶揄り倒した連中(含むおれ)らに対して、本気でいまだに怒ってるのが垣間見えてしまう。ある意味ファヴローの自作自演であり、苛立ちとともに納得いかない無理解に満ち満ちた世間への復讐劇だったりする。スジとしては、ビッグバジェットだがお着せの企画で、あらゆる方面から横槍が入る大作映画をなんとかヒーヒー云いながら創って、出来たら出来たで酷評の嵐・・・なんでおれがこんなめに!じゃ、ルーツふり返ってきの効いた小品でカムバック果たすわ・・・的、本作の成立経緯みたいなもんをマンマで描く。ファヴロー演じる主人公は、家庭を省みず仕事に没頭するも、ちょう保守的なオーナー(スポンサー)意向と自身の創造性との間で揺れ動き、クッソフードブロガー(オリヴァー・プラットが憎々しくも好演)に槍玉に挙げられ、あまつSNSで自爆する(元)有名フランス料理シェフ。腑ぬけた邦題にあるとおり、途中で自分さがし的な展開となり、結局はキューバ料理の屋台をはじめてしまう・・・筋立てとしてはまちがってないが、そもそものフレンチ云々はなんだったのか(和食修行してたヤツが人気ラーメン店の店主に収まるようなケース?)。また、息子(エムジェイ・アンソニー君)が父のような料理人になりたいってわりかしデカい大ネタが合流するのだが、一体いつそんな線が張ってあったのか。諸々不具合は散見されるものの、それでも手際よく料理しているシーンは官能的で色彩にもセクシー。わかっていても、後半のバンドツアー的ロードムーヴィー的展開はアツくなる。ツイッターやFBやヴァインなんかのSNSの使われ方も、なんか無理なくて、結論として総じてよかった。ジョン・レグイザモもひさびさ観れて、相変わらずで安心した。

シェフ 三ツ星フードトラック始めました(2014)

(7日、TOHOシネマズ天神ソラリア8)
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