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安城家の舞踏会 (1947)
2007 / 11 / 17 ( Sat )
華族制度の崩壊前夜を描いた1947年の作品(この年のキネ旬ベストワンだそうで)。脚本はいまだ現役の新藤兼人。監督は吉村公三郎。こういう古い映画が観られることは喜ばしいが、とりあえず客席の年齢層は非常に高かった。

安城家の舞踏会

ここまで古い映画だと、基点というか視座というか、どう評すのが適当なのかわからないが、まずは面白かった。話しのテンポが信じられないくらい早く、よく云われることだが台詞のスピードも昨今の邦画では考えられないほど速い。無駄なものは何ひとつなく、無粋な段取りもない。タイトルどおり舞踏会が行われるのだが、必要な情報だけを観客に過不足なく与え、あっさりと舞踏会の幕はひらく。このサクサク感は素晴らしい。おそらく、いま同じ内容を映像化したら3時間近くになるのではなかろうか(ランタイムは89分)。

こと演技に関して。かぶりを振る、駆け出す前にタメを作る、すすり泣き等々…眩暈がしそうなほどの演技が繰り広げられる。本当に見応えがある。特に…「口惜しい気持ち」を表現するのに本当にハンカチの端を咥えて恨めしそうに細目になる!人間と社会が複雑になったのと同時に、こうしたある意味ベタな演技が消滅したことは実はつまらないことなのではないか?嘘をつくのに必要なのは豪華なセットやVFXではなくて、役者同士のぶつかり合い、こうした本気度合いではなかろうか。

とはいえ、感情に流され溺れかける寸前でカットが替わる。常に、何事かが起きる寸前で切り替わる。とてもドライ。テンポのよさも相まって息をのむ緊張を生む。ユーモラスだったり、性的な含みのあるシーンが多いのだがドロドロせずに品よく洒落ている。

変革の波に風前の灯の安城家。その一家の運命を受け入れつつ支えようと奔走するヒロインに原節子。この人だけ、違う時間が流れているような…本当に超越的存在。ほか、一家の長男でキザで虚無的な優男を森雅之、人のよい家令役を殿山泰司が演じている。個人的には、女中役の空あけみが被虐的でグッときた。

ともかく、この映画は今後どんどん古めかしくなる。しかし古臭くなることで深まる魅力が間違いなくある。大仰さをあざ笑うみたいな時代から、もう一回りしたような昨今。単なる良し悪しや、いまの日本映画との比較云々ではなく、自分の親よりも年配の人らと一緒になって息のんでハラハラしながら観られるという事自体が素晴らしいとおもった。それがこの映画の魅力かと。

(16日、フォーラム1にて)
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