母べえ (2007)
2008 / 03 / 13 ( Thu )
母べえ母べえって。うるさいよ。「映画芸術」422号の寺脇研と宮台真司と荒井晴彦の鼎談で、寺脇と宮台が本作を馬鹿のおれには理解できない云いまわしで評価してたので観てみた(寺脇は輸送船沈没による「戦死」を表現した点と市井の人たちが戦時下に巻き込まれていくさまを、宮台は漫画やアニメの王道的ドラマツルギーに則りながら当時の大衆への批評を成立させている点を評価)。

母べえ

ちなみにその鼎談では荒井は未だ観てないのか、『三丁目の夕日』のアンチなのかー、などとすっとぼけた発言しかしてない…。なお、本作のVFXは『三丁目』と同じ白組が担当。
下に「べえ」を付けて名を呼び合う仲良し四人家族が東京にいましたとさ。大黒柱である「父べえ(坂東三津五郎)」は物書きだが当局に目をつけられて思想犯として投獄される。屋台骨を失った「母べえ(吉永小百合)」は、二人の娘「初べえ(志田未来)」、「照べえ(佐藤未来)」とともに、父の帰る日を待つ。父の教え子であるヤマちゃん(浅野忠信)、親戚の人ら(壇れい、笑福亭鶴瓶)なんかにも囲まれながら、なんとか日々を過ごすが、日本をめぐる戦局は日増しに悪化していくのであった…みたいな。

んまあ、ただの反戦映画です。たしかに右傾化の激しい昨今の邦画には辟易とさせられるが、でもこれが良いとも正しいともおもえない。先に挙げた鼎談では、悲惨だ被害者だなど云々の前に、国じゅうが誰彼なく戦争を肯定していく、狂気に触れ傾倒していくそのさまをちゃんと描いており批評行為になっているからエライ、とのことだが、だったら投獄された父べえまでひっくるめて批評になっているということなのだろうか。ならば、なかせるような話法は卑怯だろう。おれは全くなけなかったが、思想信条を貫く行為の是非はともかく、母娘を残して獄中で死ぬということは余りにも身勝手ではないのか。そんなもん、サッサと転向しろっていってるんですよ!そういう、したたかさ、図太さがないのが嫌だった(そういう意味で唯一自由で、ユーモアをかんじさせたのは鶴瓶。いないとただ最悪なだけ)。

本作の原作は黒沢作品のスクリプターだった野上照代の自伝的小説。んまー、企画が吉永小百合を欲したのか、山田洋次が吉永小百合を欲したのかは判らないが、でもいくらなんでもあんまりだろう。おれは正直そうおもう。おそらく30代半ばから80歳程度までのスパンを表現でき、なおかつ激動の時代の日本を表現するに足る、いまや失われた母性みたいなのを体現する女優…そうすると吉永か。そりゃそうだろうが、企画段階から撮影入りするまで、誰も異議を唱えなかったのだろうか?たしかに吉永、若々しいし美しいけど、壇れいと浅野忠信を取り合うみたいな展開に、果たして耐えられるかっていったらさー。実際どうなん?

最後、映画はおそらく少し前の現代日本に舞台を移す。病床で静かに最期の時を待つ母べえのベッドを、成人した初べえ(倍賞千恵子)、照べえ(戸田恵子)が囲む(“柴又慕情”の再現とはならない)。おれをなかせる本当に最後のチャンス…。だが、期待虚しく戸田恵子が台無しにしてしまった!テメー!もう、救いようもないエンディング。…脇ではでんでんと笹野高史がすげーよかった。前者は悪意のカケラもない市井のひとを、後者はただ巧いと唸るだけ。見るべき点は本当それだけかなあ。あとナレーションは戸田恵子だったのかな?そういやクレジットには田中真弓、富沢美智恵、西原久美子らベテラン声優の名が。声優オタ狂喜。…ジブリと真逆じゃね?あ、郷里大輔は獄中シーンで顔出ししてたよね。皆顔出しなのかなー。

母べえ

(12日、ミューズ2)
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