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時をかける少女 (2010)
2010 / 05 / 03 ( Mon )
先達への本気の敬意と、それをいかに咀嚼しいまさら再々々…(コガネ稼ぎ以外に)再生産する意味を獲得するか…その熱意。まちがいなく本質にまで手が触れている。腐心苦心の上に丹念に撮られた谷口正晃による本作は、立派すぎる位に「時かけ」だった。以下、未見のひとはご遠慮願います。

時をかける少女
かつてタイムリープしたと思しき芳山和子(安田成美)に代わって「深町一夫」に出会うため時間を遡行する芳山あかり(仲里依紗)の、プレゼントデイ・プレゼントタイムな時かけ物語。事故や偶然ではない。かつて交わした約束…その意思(not遺志)を継ぐと云う、はっきりした目的携えて、あかりは時をかける。その過程で大ポカするものの仲だから全然オーケー!ちょう昭和な映画青年の大学生涼太(中尾明慶)の力を借りて、そして高1になったばかりの芳山和子(石橋杏奈!傑作『きみの友だち』の恵美!)やその彼氏たる青木崇高などとの邂逅を経て、肝心かなめの「深町一夫」にはなかなか出会えない。そんななか、あかりはSF自主制作映画撮影真っ只中の涼太との関係に戸惑いを覚えてゆく…。

男女の、出会い頭から実直に描くなんてコストパフォーマンスの面からして(作劇的にどうあれ)効果的ではない。それに、演出側の技量も当然問われる。そんな面倒手間がかりする覚束ないロマンスを丁寧に醸成させ成立させて、それら踏まえた上で仲演じるあかりは、真に自分の理由から1974年に残るという固く力強い決意をして、現在に戻るタイムリープを拒否する(が、圧倒的な力の前に覆される)。本作、仲はたった一度しか自律的にタイムリープしていない。この仕組みは谷口「時かけ」において、時間移動のみが重要ではないと訴えているのだ(すなわちリピートギャグに走った細田版へのカウンター)。ゼロ年代な仲は、徐々に70年代に根をおろしていく。70年代の(とくに男の)面倒くささや鈍感さすら、懐かしく心地よく響く。

この、予想を遥かにこえた堂々たる「時かけ」ぶりに降参した(少なくともおれは細田版よりも、感情移入半端なかった)。仲里依紗という女優は、クチ半開きで野生でコロコロ表情かえる図々しいそこいらに転がる女子の生態と、出逢いによってついにじぶんも鑑みてしまう頑固で素直な可愛げとを両立させており、客席にひとり佇むおれを翻弄する。悲劇が悲劇として伝わらない悲劇、だが頬つたう涙。仲が、親世代に深入りしないのは無関心といった世代のせい(冷淡で臆病)で構わない。だが当事者としてじぶんら世代に関わるかぎり、能代行の高速バスにあのひとを乗せてはいけない。走る仲、涙をながす仲。叶わないものの、結果はともかく、自らの強い意思でタイムリープしない選択をした主人公の運命を嘆かざるを得ない。類型のなかで器用にもがくアニメ版ですら型遅れ。ふるくてあたらしい。これがいま、最新鋭の「時かけ」なのだから。

時をかける少女

(2日、フォーラム5)
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