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シルビアのいる街で (2007)
2011 / 01 / 27 ( Thu )
これがフィクションで内部で語られたり行われている事そのものについてだけ触れるとか、言及するのならば、ネタバレもいいとこだが、単に6年前旅先で偶然出会った「シルビアちゃん」を探し歩くだけの、ただそれだけの三日間だけ、としか云えない。けれどなんというか…いっそ幻覚でも観ていたかのような、ミステリアスでふしぎな、ある意味頭のおかしくなる作品。眩暈がする。監督はホセ・ルイス・ゲリンというひと。

シルビアのいる街で
冒頭、第一夜。窓外を走るクルマのヘッドライトの灯が射す安宿の夜。日が昇り、若い男が二分以上難しい顔して、やにわにノートにペンを走らせる…どんな物語の導入なんよ?とだけ。続いてフィックスでホテル前の通りなど…何処からがイン点で、何処までがアウト点かわからないよーなダラ撮り。でも妙にクセのある通りすがりの人びと、わざとらしくびっちり附けられたサウンドエフェクト(以後、戸外はみなおなじ調子)。

第二夜、キャフェテリアで人間観察?ここから本作の異常さが発揮。キャフェの椅子に座って一心不乱にペン走らす若い男のバストショットと、その彼の視線の先の人物と、そこからほんの少しずれたり、はずしたり、間を置いた得体のしれない視点が押さえる、これまた人物の三点を交互に追いかける。たまに漏れ聴こえる会話らしき断片(SEは先のとおり)。この…画がね、あり得ない配置でキャフェの人びとが、異なるテーブル上等で入り込む。アニメ撮影のセルや背景のように、前景のような扱いで手前のテーブル客、中央客A、中央客B、奥の客…って最大四つ位互い他人同士が同一フレームにおさまる(なので奇怪な密度感)。だいたい奥のほうにピンが合ってるのだが…そしてガラスに写り込みも(後半にかけて多用)。

ふつう同じテーブル同士の会話をおさえるために並びの画にするはずが、テーブルを写さずまったくちがう客同士を同一フレームにのっけて、仏頂面してる客ふたりをただ説明もなく写しこんでいる。映像で遊んでる割には愉しさが伝わらない。むしろ苦悩とか已むに已まれずに撮っているかのよう。単に「シルビアちゃん」の姿を見かけるだけなのに…なんなのこの緊迫感?以後も、そこいらの路地がウツロの街ばりにおもえるような、あたかも『ウォーリーをさがせ!』的な困惑チェイスしたり(ここも絶妙な音付け)。ストーキングまがいの行為が絵画鑑賞にもにた崇高さを湛えたとき、彼女がシルビアちゃんでないことを知り、まあ絶望する。終盤には風に舞う女たちの長い髪と、写り込みと、とうとうサブリミナルにもおもえる幻影が現れる。舞台はただの路面電車だかの停留所なのに…。街中なのに風変わりな箱庭感と、でもそれでもコントロールし切れていない歪さとが心にのこる。路面電車の軌跡に沿って、ぜったい動かねーだろーなってカメラが動き出したあたりも(そして切り返しも)驚いた。

シルビアのいる街で

(25日、フォーラム2)
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