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リトル・ランボーズ (2007)
2011 / 02 / 06 ( Sun )
だったら邦題も『リトル・ランボウズ』じゃあ?などといじわるなことは云いませんが、しかしまー、なんというか素敵な映画ですわ。こんだけ要素てんこ盛りで90分台っていうのもすばらしい(監督はガース・ジェニングスというひと)。すべての自主制作映画作家は、本作を観て反省して、とくに十八歳を超えているなら真っ当な職につく努力をいますぐに始めるべき…そんなことをつよくおもった。それくらい映画作りはたのしいし、友だちと一緒にいることはたのしい。

リトル・ランボーズ
80年代初頭のイギリス…同胞教会とかいうアーミッシュみたいな厳格な教義を守る家庭環境の下、テレビも見れないかたっくるしい生活強いられている主人公ウィル(ビル・ミルナー)は、ノートいっぱいに空想の翼を広げてなんとなく終わらない日常を生きる小学生。そんな彼が、問題児リー・カーター(ウィル・ポールター)に出会う。最初はどう考えてもカツアゲされてたわけだが、彼の家で観た『ランボー』の劇場撮影ブートビデオに感化されて、リー・カーターと共に自主制作街道まっしぐら。ついでにドンパッチ袋喰いといった当時のドラッグカルチャーにも耽溺したりと一気に大人の階段かけあがるウィルなのであった―。

まず孤独な少年ふたりの自主制作映画を通じた魂の彷徨という側面、彼らそれぞれの家庭環境(とくに父親の不在)、当時のカルチャーやフランス人留学生ディディエ(ジュール・シトリュク)と巻き起こす文化衝突というか(子どもちゃんなれど)二国間の複雑な関係…をも匂わせ、それらを有機的かつ多少ファンタジックに収めている。なんだかやたら濃密な時間だな…って。ゴンドリーの『僕らのミライへ逆回転』にも近しいものをかんじるが、あれは冒頭述べたようなイイトシしたヤツがやってしまうよくもわるくも回顧でしかないが、こちらは劇中ではリアルタイムで(リーでなく)スライに被爆している(精通前後の)ピュアなキッズの初期衝動という点で迸るものがちがう。切実度がちがう。

ウィルの描くランボーの息子はパワパフ風だったりとか、ほとんどジャッカス…いやむしろ「スーパーJOCKEY」のTHEガンバルマンのり(そういやきょうは日曜でした)で挑むアクションの過剰さとか、六年生の娯楽室が吐いてまで踊り続けるようなヤツまでいるウェアハウスパーティー化してたりとか、あと最後の無理やりな上映とか、なんかメチャクチャだったりする…けれど、止むに止まれぬ切実さや、ああこういう年代の友情ってこんなかんじだったような…みたいなのに溢れててなんでも許せてしまう。じっさいの自主制作はこんなにピュアになりようがないが、でもこれはこれでアリだなって。

リトル・ランボーズ

(フォーラム5)
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