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わたしを離さないで (2010)
2011 / 04 / 18 ( Mon )
物悲しくてはかなくて、一筆書きのようにシンプル。で、はっきり云ってなにものこらないという結末。ショックシーンも派手さもない。だが確実に誰かがこの世界にいないということだけは心に刻まれてしまう。淡白な風刺青春SFというかんじもするが、でもなんというか、云いようのない寂寞に包まれて劇場を去った。メインキャストの三人、キャリー・マリガンはかわいらしいけど人目を惹くふうではない。アンドリュー・ガーフィールドも呆けてるようにしかおもえない(『ソーシャル・ネットワーク』の快活さやキレは皆無)。キーラ・ナイトレイなぞ観てるだけでこっちが衰弱しそうな病みっぷりを炸裂させる。みな素直ではない。でも最終的にはみな正直にならざるを得ない。監督はマーク・ロマネクというひと。ストーリー以下ダラでなぞってネタ割れてます。

わたしを離さないで
はじまりは…そのはじまりは、ガラス越しに互いに運命を受け入れた愛する者同士の最後に交わされる視線。キャリー・マリガンの独白。過去におもいを馳せることくらいしか出来ないとかなんとか。そして古ぼけた全寮制の寄宿学校で過ごした日々を回想する。キャリー・マリガンにはきになるオトコノコがいて。その子はちょっと風変わりだったが、でもじぶんらにしろ寄宿学校そのものにしろ、でもどうも風変わりなようだった。ちょっとヒスったシャーロット・ランプリング教頭先生がピリリと背筋の延びる訓辞を垂らす。ネバーレットミーゴー…。ガラクタしかない蚤の市、きになるオトコノコはオンナノコに、ミュージックテープをプレゼントする。混じり気ナシのいじましさ。

ドナーとしての短い生。反体制教師が赴任、波風にすらならないぼんやりとした空疎さだけを生徒達にのこしたまま、中途半端な責任とともに教室を去る。教頭先生が云う。「執拗な破壊工作と戦うのは容易ではない」。…そもそも、塀の外など知る由もない。そうこうして小さな嫉妬や混乱が生じ始める。波風は彼ら彼女らのなかにひっそりとうずまく。そして成長のきざし、性の疼き、じぶんの"オリジナル"、複製品の人生を、その意味すらわからず噛みしめる。だいたい、"提供猶予"なんてデマあまりにチートすぎる。もつれきった三人の関係からイチ抜けしたのはキャリー・マリガン。レンアイゴッコ、ニンゲンゴッコに疲弊した彼女はコテージを離脱する。

三人の関係はゆっくりと再構成されて、それでもゆっくりと順番にその役割を終えてゆく。座礁した小船のある浜辺、同窓会が反省会の様相呈したそのとき、みな一挙に正直に、素直になってしまう。おわりの見えた浜辺。すべてが過ぎ去ろうとしたとき、キャリー・マリガンの元にも通知が届く。思い出のあの丘、風になびくビニール。一瞬追ってしまった彼の人影、みななべて"終了"する。なんというか、ちょっとない感興に囚われてしまう。いい映画なのかわからないし、もう一度観たいとはいまはおもわないが、でもある種のムードには浸れる。いつしかそれに溺れてしまっている。そのムードは、けっしてわたしを離してはくれない。

わたしを離さないで

(9日、フォーラム2)
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