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ブルーバレンタイン (2010)
2011 / 07 / 10 ( Sun )
えらくミニマムな、じつはギリギリで体をなしていた若い夫婦(ライアン・ゴズリング&ミシェル・ウィリアムズ)の愛の終焉までを、ほんの1.5日くらいの出来事をむせ返るくらいちかい距離で(カメラ的な意味で)描く。映画のいいところの一つは、いろいろ省みるチャンスが与えられる、そんな幅を、他人の考えをしることができる瞬間に立ち会えることだとおもう。本作もそんな一本で、とにかく観てて愕然としていた。なんで愛がもろくも崩れ去るのか…頭を抱えた。監督はデレク・シアンフランスというひとで、アメリカの看護師のくせにミシェルやたら高そうなヴァン乗ってんな~とおもったら、どうもクライスラー主導で撮られた企画らしいです(もちろん確証ないけど)。あ、音楽はGrizzly BearとかいうNYのバンドらしく、WARPから音源出ているみたいっす。

ブルーバレンタイン
かわいい娘との朝のひと時、やりとりから物語りはスタート。一見するとなんの問題もないしあわせな三人家族なのだが、愛犬の突然の死がきっかけで(ほんとうに只のきっかけでしかない潔さ。可愛い系愛犬エクスプロイテーションばっか撮るこの国のクズどもは見習うべき)、言葉に出していなかったことがポツポツと出始める。雰囲気やべーなちょっと気分転換すっか!酒買いこんで実家にガキ預けて夫婦水入らずでラブホいっか!桜田か大野目あたりのさ…みたいな軽いノリで(ほんとオトコってバカ)、以後は出逢った頃を丹念に述懐する回想シーンと現在のライアン・ゴズリング(『ラースと、その彼女』同様、あまりにいいひと)とミシェル・ウィリアムズが交互に描かれる構成。このふたりは出ずっぱりで、濃密かつ前述のようにちかしいカメラもあって、なまなましい。

ふたりのいる時間や場所はおなじはずだったものの、出逢った頃を比べて、あまりにいまは目に映るものがちがってしまった…という、悲劇。君知りそめし頃の、尋常ならざるキラキラ感と、いま現在の無残な褪色ぶり。ライアン・ゴズリングは無学なチンピラゆえ、純粋に家族を、ミシェルと愛娘を本気で愛する。一方ミシェル・ウィリアムズは、仕事に一生懸命でイマドキといいますか…でも彼女のきもちもわからないではない、これこそが男女のちがいなのかも、そんな振る舞いを正直にみせる。えらく痛々しい。過去といまのふたりの姿が、あまりに対比的すぎて、なんでこんなに冷静に、救いのない話しになるのかな?でもこんな愛の終わり、ありふれているのだろうな、きっと。おれみたいな恋愛市場から爪弾かれたクズでも、わかってないクズなりに、そんなきにさせられる。タイトルの意味が未だにわからないんだけど(率直に岡本喜八のことおもいだしたり)、でもラスト花火と絡むタイトルが、その音楽と相まって胸に迫るものがあった。まるっきり救われてないが甘く輝きに満ちた過去に救われた、いいラストだなとおもった。

ブルーバレンタイン

(フォーラム2にて)
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