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大鹿村騒動記 (2011)
2011 / 08 / 11 ( Thu )
大資本で撮られてしまう少なからずあるクズのせいで(無論責任がないとは云わせない)、佳作撮ってもコチラ側の認識を改めさせるまでにはなかなか至らない阪本順治が、先日亡くなった原田芳雄から持ち込まれた企画に乗っかって、荒井晴彦と協同脚本で挑んだ一本。そう、亡くなったあとに観てしまったので、もうどうしても原田の表情や動き、声やセリフの出方に目がいく。そういうバイアスがよかったのか、わるかったのか。いまとなっては不明だが、とにかく、このひとはもうこの世にはいなくて、本人が百も承知の上で出演していた遺作をいまおれは観ているのだな…とおもってしまい、あまり冷静なかんじでは観ていられなかった。

大鹿村騒動記
93分の尺のなかに、これでもかと様々な要素がぎゅうづめ。鹿テッポで撃って料理する主人公、善ちゃん(原田)。地元で三百年つづく"大鹿歌舞伎"で景清役を長年演じてる。そこにかつての幼なじみ治ちゃん(岸部一徳)と、善ちゃんのヨメ貴子(大楠道代)が十数年ぶりに現れる。ふたりはある雨の日駆け落ちしたのだが、戻ってきたとおもいきや「記憶障害があるから返品します」などと意味不明なやりとりが、ぶっきらぼうに交わされる。どんどん登場人物も出てきて(たいていおっさん)、原田の身の回りが一気に慌しくなる。雨も降るし、舞台の日もまもなく。なんとも小気味いい。枯れてない瑞々しさと名優たちのドライブ感。

なんでもかんでもブッ込み過ぎなきらいはある。記憶失った元ヨメとか性同一性障害とか、このへんは目で見えるから、役者が演技でそれを伝えてるからいいよ。だがリニア敷設とかになると、はあ?って。シベリア抑留までいくと果たして、それってどうなん?って正直おもってしまう。それら皆とっ散らかっても未処理のままでもいいから闇ナベのようにブチ込まれる土着的政治性(どうも地元がそういう土地柄らしい、ってのは前号の「映芸」読んで知った)に、違和をかんじるか否かは人それぞれだろうが、なんだか久々こういう味わい深い喜劇映画観たな~って。

泣かせるエピやタイミングなんて幾らも準備できたはずなのに、ことごとくはずしてくる。キャアキャアはしゃがないし、わめかないし、泣かせない。でもスルスルと流れてしまわない大鹿歌舞伎。クライマックス、村の持つ懐のデカさ。鬱陶しい因習よりもカラッとしているほうを優先した結果だろう。そしてラストシーンの善ちゃん…原田…「仇も恨みも、是まで、是まで」。この作品でおしまいで、本当によかったんじゃないでしょうか。ご冥福お祈りします。

大鹿村騒動記

(7日、フォーラム2)
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