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殺人という行為 [The Act of Killing] (2012)
2013 / 10 / 16 ( Wed )
インドネシアで、自らの行いを全く悔やむことのない殺人部隊のリーダーと出会った映画作家が、大量殺人における彼らの役割を再演し、実際に行われた殺人行為を映画化するよう提案する。その悪夢のような製作のプロセスにおいて浮かび上がるのは、映画的な熱狂の夢であり、大量殺人者のもつ「想像性」への心乱される旅であり、彼らの住む世界の、衝撃的なほどに陳腐で、腐敗と免責がはびこる支配体制であった。強烈な映像世界と、人間社会そのものの弱さ、罪深さに圧倒される159分間。

(YIDFF: 2013: インターナショナル・コンペティションHPより)

The Act of Killing
Joshua Oppenheimerとかいう格好いい名前の監督さんの作品。19日に観れなかったので、万難排して会場乗り込んだ。半世紀くらい反省機会のなかった北島三郎(似)の老ギャングスタ、アンワルが、いきなりテメーの人生のピークタイムを自ら映画化!彼のイイ顔してる取り巻き(一緒に手を汚した手下から官僚やマスコミまでその交友関係は異様に多士済々)との交友やらご紹介やらしつつ、半世紀前の悪魔のごとき所業、共産主義者に仕立てた罪もない人々の大量虐殺のさまを手を変え品を変え再現していく。そこいらに固定されてるパイプに、針金と木っ端ひっかけて絞殺するっていう手法がメインなのだが、その材料の雑さと手際のよさに眩暈。雑さ、はインドネシアの政治家やメディアも一緒。とにかくインドネシアって国土は血でベッタリ染まっている・・・そんなのどこだっておなじだろ?ってドキュメンタリー慣れというか最早EDになってる歩く香味庵クラブみたいな連中は呻くのだろうがそうじゃないのでボクチャン。素直に衝撃走る。リラックスとロレックス、なにうまいこと云えって具合だがギャングスタは自由。主人公のアンワルも、よくありがちな映画の観すぎ(映画館前でダフってた)でおかしくなったクズのひとり。ノリノリで映画製作にのめりこんでいくが、当時の残酷行為をどのように、どの程度再現するのか、後ろめたさを抱えてよいのか悪いのか不明なままで(さらに半世紀前が地続きのまま)ギャング同士ディスカッション。撮られてゆく映画は断片しか知りようがないものの、だいたい晩年の若松考二あたりの残酷クオリティで、ディヴァインみたいな西田敏行が合流する怪奇幻視も混入する。終盤、針金絞殺を再現した現場にふたたび出向き、テメーの所業を漸く本気で省みる。嗚咽し、嘔吐し、とりかえしのつかないことを、漸く悔いる。また、贖罪のつもりなのか、じぶんが拷問されて殺されるシーンを孫に見せるあたり(オフ台詞で監督らしきひとが「子どもに見せていいのかよ」と何度も)、すべてが間違っていたことに気づいた老人の狂気にこちらが触れたかのよう。社会が容認し、目を背けつづけた事実・殺人という行為を、映画撮影という行為が、よりにもよって徹底的に過去を断罪せしめる・・・遠まわり迷い道経たある種、新感覚の復讐劇の様相も呈す。匿名だらけのクレジットにしても、無名の人々の復讐劇といえるだろう。

(10月13日、山形市民会館大ホール、YIDFF 2013 インターナショナル・コンペティション)
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