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はじまりのみち (2013)
2013 / 06 / 02 ( Sun )
封切から二日目に観に行ったって云うのは、たんなる時間調整だけにとどまらず、なんといいますか・・・要するに、原恵一の実写第一作を、きちんと封切で観たんだぜ?っていう、己が自尊心?詰まらない刻印つうかエクスペリエンスを得たかっただけなのかもしれない。観れば、立派な日本映画であり、ツタヤやゲオの邦画ハ行の棚に置かれてしかるべきな、やはり「映画芸術」あたりに取材されていても何ら問題ない作品にはなっている。木下恵介がどんな功績を残したか、また原監督にどんな影響を施し本作を撮るに至る動機を与えたのかは知らない。わかるのは、なんというか、この国の偉大な(過去の)映画監督の知られざる逸話、そこには新人職業監督であること、戦時下の統制にあわず半ばパージ状態で撮らせてもらえず、実家に戻ってるということ、愛する母親の容態を気遣うあまりリアカーで疎開させようとするということ。そのリアカー行脚の様が、本作のほとんどを占める。これが・・・一向に退屈にならないからくやしい。想像以上に緊張を走らせ、興味をそそらせ、タルくならない。アニメ出の演出家にしては立派、などという退屈で障りのない評価を得られるのでは。そこいらの声高に反戦を謳う十把一からげないわゆる邦画よりもよほど立派で堂々としている。そのほとんどを、退屈や鬱屈や作品成立の真偽をかわすのを誰が担っているかといえば濱田岳!最高(こいつと浅利陽介と波岡一喜とさえいれば邦画は安泰だ)!んま、云いかえれば、もし濱田がいなかったら、ユースケがあんな役回りのままでも、それでも本作は成立したのだろうか。そしてそして・・・しんちゃん仕事(劇場版で気のないコンテ切るとかは抜きにして)以後、原作ものであってもオリジナルであっても、萌たらん保守本流から大幅に遠ざかったアニメーション映画業界で、尋常でないくらいのモラリストぶりを発揮している原の、この仕事のセレクトと成果は、アリなんだろうか。結論は原の次回作・・・それはおそらくアニメで、よほどのことがないかぎり実写はないとおもう。そこで判断せざるを得ないのではないか。本作での尋常でないフッテージ引用や教科書のようなナレーション、レイアウトがどうとか意見は一切ない。ただ、全編正直云って退屈だった。だからこそ留保したいのだ。

はじまりのみち(2013)

(6月2日、フォーラム5)
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