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ロボコップ (2014)
2014 / 03 / 21 ( Fri )
オリジナルのすばらしさや偉大さを今更書き連ねてもどうしようもないのだが、映画史にその名を刻むオリジナルの、リブート版ってことでヤキモキしながら(ついでにレンタル落ち『エリート・スクワッド』を入手したりしながら・・・観てないのだけれど)、ついに本作を観たのであった・・・いきなり、内戦で部隊配備されているオムニ社のドロイド?戦争映画みたいだな・・・てかデトロイトが舞台じゃないのかよ!?これじゃプロムガンプやビグローの映画みたいじゃんかよ!っておもってたらアヴァン扱いでやっぱりデトロイトが舞台であった。安心安心。オリジナル版は、ほとんど正面衝突事故的にロボコップが誕生していたが(思いつきというか)、本作はすべて企業側の論理でその誕生まで一切が仕組まれている。警察機構へのロボット配備を目論む大企業と、犯罪組織との癒着など内部腐敗している市警との距離そのものは実はかけ離れている。というか、ヴァーホーヴェン版のほうが遥かにデトロイトは明白にディストピアとして描かれていたし、犯罪者も警察機構も企業も(さらには国も)腐りきっていた。この三つ巴の腐乱ぶりのなかにリブート版もマーフィーは叩きこまれ、地獄めぐりする展開は同様だが、なんつか戯画的だったオリジナルよりこの街住みやすそう。だし優雅。さらに云うと、ヴァーホーヴェンよりこのジョゼ・パヂーリャという監督、ずっと真面目なんだよな。人体破壊の有無だとか、サミュLの説教プログラムとか、それらファクターの高低問題ではなく、根っこが生真面目。血が出たり身体が吹き飛んだりといった派手な描写は鳴りをひそめ、レイティングの問題もあってかアクションは非常に穏やか&まろやか。だが、安易に人体損壊シーンが頻出する昨今の活劇描写にあっては、なんだか新鮮で、一昔ふた昔前なんかメジャー映画で顔半分が欠けるとか内臓撒き散らすなんて画はそもそも少なかったんだから、こんな具合の処理だったのだなーと、今更ながら想い起させられる。とはいえ、ヴァーホーヴェン版より下品さやその手の描写が後退してるとなると、いやこれ果たしてロボコップなのであろうか・・・?なんて感慨も。でもま、義手が奏でるアランフェスを聴きながら、ぐるぐると360℃付けPAN?キャメラが回転し、あっという間に中国の水田に横たわるロボコップという異常な画へ繋がるなど、勢いというか、自負というかノリはかんじられる(お披露目記者会見シーンの後ろからバンバン撃ちこむあたり、盛り上がるのだが露悪的にならないんだよね~)。マシーンへの変貌過程で、逡巡なく人間性を切り捨てて、単なる法の執行官としてのおもしろさ(そして続くシリーズの困難さを)のみ射程としたオリジナルと異なり、「自由意志の幻覚」、「自分をマーフィーだと思いこむマシーン」っていう実存を疑う概念まで貪欲に盛り込んだ本作のほうが語るに足るし深みもある。真摯というか、チャカしたりはない。テーマ曲が鳴ったり"Thank you for your cooperation."みたいな踏襲のお約束も忘れておらず、たのしいし。だが・・・だが、どこかで途方もない逸脱やお口ポカーンとなってしまう映画的瞬間がほしかったのも確かだ(ヴァーホーヴェンはそれを頼りに無茶やってる印象)。ここはひとつ、『土竜の唄』がたいへんよかった三池に『フルメタル極道』をリメイクして日本側の返礼としたほうがよいのではないか・・・あ、アビー・コーニッシュが、生活臭漂わせるちょっと若いナオミ・ワッツやクセのないシャーリーズ・セロンみたいで、なんかよかったす。

ロボコップ (2014)

(15日、ソラリス(たしか)4)
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