スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | page top↑
ハンナ・アーレント (2012)
2014 / 02 / 08 ( Sat )
のっけからプカプカと煙草をふかす主人公アーレント(バルバラ・スコヴァ)。この喫煙シーンの執拗さに限り、映画芸術誌上で執拗に批判しつつ対比?させてた宮崎『風たちぬ』とおんなじ。ハイデッカーの愛弟子だとか、その密なる関係だとか、アイヒマンなる人物だとか、モサドに見つかってエルサレムで裁判とか、面食らいつつも、アイヒマンのイスラエルでの裁判傍聴記を書く事になる主人公が現地飛んで、アイヒマンを評し「ガラスケースの幽霊みたい。風邪ひきの」・・・と称するあたりからようやく焦点が合いはじめる。

アイヒマン、ようするに立派で有能だがどこまでいっても平凡そのものの役人でしかないとアーレントは看破。人間を無用の存在にしてしまう強制収容所において、根源悪ではなく利己心でもなく、ひたすら凡庸な役人仕事をコツコツ取組むアイヒマンのような連中によってモラルの崩壊、結果過去に例のない大惨事を引き起こしている。さらにはナチが「悪の凡庸さ」を大戦後欧州に蔓延させてしまった。

この考え方は当時と異なり、いまは(とくにこの日本においては)相当伝わりやすくおもう。全世界で現在進行形で、敷衍している・・・とすれば、当時は相当デリケートすぎた問題/主張なのだろう。"ぷらっとほーむ"さんによる、上映後の非常にわかりやすい解説にもあったが、全体主義の成立過程で絶対的な悪が発生するとの主張は、当時の世評や建国間もないイスラエル国民には到底受け入れられることはないのであった・・・みたいなオチなんだが、合間にアーレントと旦那さんのラブラブな生活、まるで理解されないで受ける批判、罵詈雑言(そういや『私はロランス』でも教職を追われるシーンあったなー)。さらに思索のたび学生の頃のハイデカーとの想いでに立ち返る。

んま、だいたい、全編にわたって煙草くゆらせているんだけどアーレントさん。・・・たしかに、テーマそのものの深みから、つくりの巧みさから、重厚さと軽やかさの絶妙なバランス感覚や脇に至るまでの役者まで、何から何まで『風たちぬ』とはちがいすぎる・・・だが、どっちが高級とか低級とか、是非の比較はこの際必要ないとおもうんだ(というか、託けるなら『戦争と一人の女』でやってみたら?)。アーレントの旦那さんが、本を手にとってページを開いた瞬間、動転というか目を押さえてぶっ倒れるシーン、異様におっかなかった。ここだけ心霊実話みたいだったので・・・。

ハンナ・アーレント

(2月8日、フォーラム3)
映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<オンリー・ゴッド (2013) | ホーム | エンダーのゲーム (2013)>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://daliandisease.blog47.fc2.com/tb.php/2831-d68afa88
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。