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森達也の夜の映画学校 (森達也・代島治彦 編著/現代書館)
2006 / 07 / 25 ( Tue )
この本は面白い。単に映画の作り手同士が意見をぶつけているだけでなく、スタンスの確認ができて(ついでに、自分もね)興奮する。

かなり偏りがあるものの、非常に興味深いメンツと森達也との対談集。
前半はドキュメンタリー畑からフィクション・劇映画へ舞台を移した監督が多く登場。
同時に、森の出自でもある1980年前後のまばゆい当時の自主映画界から今日まで活躍する、戦友…いわゆる同志らとの語らい。
中盤はややサブカルチャー寄り(ここがいちばんつまらない)、後半は現在の主戦場たるドキュメンタリー方面/報道関係のベテラン・若手との勝負。

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黒木和雄と森の丁々発止。食い下がる森、それもたのしい(原一男の撮る劇映画は必ず失敗する、と云い切る黒木がやたら頼もしい。実際、『またの日知華』は失敗だったし)。

緒方明の云う、「自主映画出身の監督が二つに分かれる」という話は成る程というか、厳しいが正しい見方であるとしかいえない(その岐路に自身も常に身を置いているんだし、突っ立ってるんだし)。

森がAVを馬鹿にしているというのも、納得できるのと同時に森の限界が垣間見え、興味深い。

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結構ショックだったのは、寺嶋真理というイメージフォーラム出の映像作家の話。当たり前といえばそれまでだが、軽い衝撃。

「職業的俳優さんとか肉体的パフォーマー以外の人がカメラの前に立つっていうことは、たぶんものすごく屈辱的か、ものすごく自分の人生について考えることだと思うんですよ。(中略)でも、2度目、3度目になるともうダメなんですよ(212頁)」

ここではハンディキャッパーを被写体に据える行為について話し合われているのだが…。

結果として、虚実の差など正直実はどうでもよくて、キャメラを回す、映像をつくるという行為そのものが既に暴力的で、加害的であるということに自覚しなければならない、ってトコに落着する。

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え。それって、いまさらきづくの遅くない?馬鹿じゃん?…たしかにそうだ。その通り。
森自身かなり感覚鈍いようだし、たとえば、D・アロノフスキーの『レクイエム・フォー・ドリーム』やギャスパー・ノエ『アレックス』と、千葉工大の『養豚場にて』…なんかがひとの精神に与える衝撃って割と同等なわけだ(誰に云ってんだ)。

えてして、内側の粗暴さなんか垣間見せないようにしていながら、ついそダダ漏れしてしまう。
映像に携わるひとは、みな、それに自覚すべき。フィクションだろうがドキュメントだろうが、実写だろうがアニメだろうが、プロだろうがアマだろうが…区別はない。平等だ。

で、なければ…森達也や本書に出てくる作家連中のように、図太くなくてはならない。

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本書は、森達也のきたるべきフィクション作品への足がかりのようにもおもえてならない、そんな一冊である。
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