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博士の愛した数式
2006 / 02 / 22 ( Wed )
観つつですね、大変申し訳ないけど、おれにはこの映画はわからないな、とおもってしまいましたよ。
いわゆる「泣かせる邦画」も手が込んできたな、などと感じてしまうのはいかにも失礼ですかね。
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過去に負った事故により、80分しか記憶が持続しない数学者と、若い家政婦とそのひとり息子(一方的にルートと呼ばれる)との、数式を介したあたたかい交流もの…そこに、浅丘ルリ子演ずる数学者の義理の姉が絡む、という難度の高い作品です。
くわえて、それらが過去の事なので、現在の家政婦さんの息子が成人しており、数学教師となったいま、なぜか海辺の教室でこれらのおもいでぽろぽろする。文学的に黒板つかって、補足し説明する。

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初っ端、「階乗」とか云われても、高校数学赤点のおれにはサッパリなんですよ。まあ、小難しくない表現で云い表そうとするのだが(吉岡秀隆風情がね)、吉岡にしろ寺尾聰にしろ、もう実在感を感じれれないのです。まともな人間の喋り方じゃないし、表現も口語的でない。
いやおれだって、盆暮れに有明に集う人間だって、風林会館周辺の人間だって、まともじゃないさ。でもこんな珍妙じゃないだろ。原作は当然ながら読んでませんが、字面で追えば味わい深く染みる良い台詞ばかりなのかもしれない。とすれば、これは脚本家の責任ではないのか。

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ひとが悪いので、
「浅丘の構築した安寧に満ちた半は永遠を勝ち得た完璧な箱庭を、深津とその息子が破壊した」
ようにしかみえない(その後、浅丘の心の氷解の様も描かれる。ここはまあ、よかった。木戸を開け放つ浅丘の佇まいが)。

あと、寺尾はどうがんばってもおれには厄介な奇人にしかみえない。
何らかの障害を持った人間が、ピュアでイノセンスで、善なる人間であるというように描くのは大衆文学や一般映画の常道だろうが、でも何度も云うがこういうひとはとても大変だよ。
冷静に深津親子が寺尾にどっぱまりなのは、やはり変ではないか。

擁護するかのごとく成人したルート=吉岡がスクリーンに割り込み、黒板に色々教材を貼り付けして博士の感情(それらは数式やら阪神タイガースに関する薀蓄で語られる)を説明する。

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ノベライズの類は興味がないが、かえって原作のほうに興味がわいた。
ともかく、おれにはよく分からない。

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だが、しかし。
きになる。

深津絵里サマのことだ。
鑑賞中、
「ああ、深津さん誰かいいひととか、いるのかなあ。いるんだろうなあ。いない筈ないよ!きっと」
であるとか、
「なんでこんなだっさい格好してんの…あ、苦労してるんだ。要らん過去の過ちで。うわーん。でもこんなもっさい格好でもお美しい!!」
であるとか、
「もったいぶった演技だな…台詞回しも引っ掛かりがある…でもいいなあ」
であるとか、
「息子もお母さんは美人だって云って、深津さん本当に恥ずかしがってるみたい!てか実際美人でしょ!うわヤベーかわい過ぎ!」

といったことを考えていて、それはそれで楽しかったりもする(本当に馬鹿だ)。

(フォーラム4にて)
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